【書籍】新訳版『夏への扉』 古典SFの名著を今更読んでみた

夏休みの読書感想文、というわけではありませんが、今更ながらSFの古典に触れてみたら、予想以上に楽しめたというお話。

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新・世界樹の迷宮』のヒロイン・フレドリカは、物語の途中で愛称のリッキィに名前が変更されてしまいます。そのときは「なんか変な名前になっちゃったぞ」くらいにしか思わなかったのですが、この名前の元ネタを辿るとSFの古典『夏への扉』なのだそうで。

フレドリカ・アーヴィング
SF小説「夏への扉」の登場人物であるフレドリカ・ヴァージニア・ハイニックより。
中盤のある場所に表示される「リッキィ」が彼女のあだ名である。
初遭遇時に彼女の着ていた服についていた黒猫のマークもこの小説のリスペクトの可能性がある。
夏への扉でもリッキィはコールドスリープをすることになる。

新・世界樹の迷宮 ミレニアムの少女 Wiki - パロディ・元ネタ

ちなみに、フレドリカ以外のキャラクターもSF小説ネタのようです。

『夏への扉』といえば、普段読書からは程遠い生活をしているボクでもタイトルくらいは聞いたことのある作品。そんな有名なモノすら知らず、本来ならニヤリとできる描写を「変な名前」で流してしまった自分の教養のなさがなんだか恥ずかしくなり、せっかくの機会だから読んでみようと思ったわけです。

で、読んでみったらこれがおもしろくて一気に読んでしまいました。普段からあまり小説を読むことはないので、比較対象もないし、説得力もなくて申し訳ないのですけど。

今回読んだのは2009年に発売された新訳版。たまたま近所の書店で見つけたのがコレだったというだけですけど、後から調べてみると、どうやらこの新訳版のほうが読みやすいっぽいですね。SFの古典といわれていますが、訳文は現代のものなのでスラスラと読み進められます。

過去から見た未来予想図より未来で読むSF小説

『夏への扉』は1956年に発表されたSF小説で、物語は1970年と2000~2001年の2つの時代。発表された時代よりも少し先と、はるかに先の時代を描いたものです。

しかし、どちらの時代も2013年の現代から見れば過去の時代。夢いっぱいの未来予想図も過去のものになり、現実のほうが進んでいたりいなかったりするわけで、SFの未来よりもさらに未来から物語を眺める構図は、実に奇妙でなかなかに愉快なものです。

作者のハインラインが描く1970年には、主人公ダンの開発したお掃除ロボットが普及しており、ようやくルンバが出回り始めた現代よりも進んでいます。そして、2000年には風邪もなく、虫歯の治療も進歩し、重力消去機なんてすばらしいものまで登場し、夢いっぱいの未来が見てとれます。そもそも1970年にコールドスリープができるんだから、現代よりもはるかに進んでます。

しかし、ある1点の描写の欠如のために、物語の未来描写よりも現実の現代の方がはるかに進んでいるように見えてしまうのです。それはインターネットの存在。物語の中では、電話帳をめくり、新聞社でマイクロフィルムを眺め、資料を紙で請求して取り寄せる…。検索すれば一発で終わるようなことと感じてしまうけど、Google先生はSFの未来描写よりも先に行ってるんだなと改めて感心されられてしまいました。

1950年代でコンピュータといえば、真空管からトランジスタの時代で、集積回路が生まれるかどうかくらいのところなわけで、インターネットの登場まで予測するのは無理ってものです。それよりも、自動ドアやATMの描写など、「当たっている未来予想図」をうっかり見逃しそうになってて、ハインライン先生ごめんなさい。

別に未来予想を外したことを笑いたいのではなく、未来予想なんてものははずれるのが当たり前。そもそも当たったかどうかを確認される機会なんてないわけです。SFの古典として名を残しているからこそ、未来人であるボクから裁きを受けるハメになんて、なんともおもしろいもんだなと。

タイムパラドックスはどこまでも自由の海

本作がいまだに人気のある理由としては、タイムパラドックスの問題をうまく扱っているからじゃないかなと思います。SFの未来を現代が追い越すことはあっても、タイムトラベルの実現はそうそう叶いそうもありませんし。

読者と共に主人公ダンが体験する出来事には、すでに"未来"のダンが通った後だったりする描写は興味深いところ。タイムトラベルものといえば、過去に赴いてイベントを起こして歴史を変えるもの、ってことが多いけど、未来の自分がすでに変更した歴史を体験しているのは、その伏線や見せ方もあって非常に楽しめたポイントでした。

過去を改変したことで未来が変わる、というのではなく、すでに未来の自分が変えた過去を追いかけている、というのは、すでに決められた運命を辿るような話。これは自由意志の否定にもなってしまうのではないかという観点からタイムトラベルの可能性を否定する仮説もあるわけですが、神が人間を創ったのなら、人間の創るものなど神の想定内なんだ、って捉え方はステキ。

人類は未だタイムマシンの開発には成功していません。だから、タイムパラドックスの問題に直面したこともないのです。いろいろな研究はありますが、実現は厳しそうですし、今後も開発されることはないのかもしれません。

いずれにせよ、現実がSFに追いつくまでは、タイムパラドックスは好きに考えられる自由な分野であり続けるでしょう。であれば、『夏への扉』は今後も愛され続ける作品でいられるのではないかと思う次第です。

名作は時代を越えて

さて、最後にこの本を読むキッカケを与えてくれたリッキーですが、彼女とダンのロマンスだけは「さすがにそれはちょっとなくね?」と思ってしまったところです。小学生時代におじさんと交わした結婚の約束を律儀に守りにくるなんて、ハーレムアニメの主人公もビックリです。1950年代の恋愛観がどんなものだったのかはわかりかねますが、男性視点からでも都合がよすぎると感じてしまったのかも。

ともかく、登場人物のキャラの立ちっぷりや会話のテンポのよさ、主人公の復讐劇というシンプルなプロットを豪華に脚色する未来の舞台装置と、すべての要素がキレイにかみ合った内容はまぎれもなくSF小説の金字塔なのでしょう。『新・世界樹』でフレドリカがリッキィになったとき、ニヤリとできなかった人は、よい機会なのでこの名作SFに触れてみてはいかがでしょうか。

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