映画【オデッセイ】感想 火星はいいぞ 科学と人類の勝利だ

映画『オデッセイ』感想

宇宙服に身を包んだマット・デイモンといえば『インターステラー』が記憶に新しく、「マン博士、今度は火星でサバイバルか」などと思いながら劇場へ行ってきたのですが、これがもう期待以上におもしろくて。どのくらいかといえば、帰り道に原作小説を買ってそのまま読んでしまうくらいにはおもしろい。宇宙とか科学とかが好きな人はいますぐ映画館へGO!案件であります。

極限状況でもシリアスすぎない火星サバイバル

映画『オデッセイ』は、不慮の事故により火星探索中にたった1人取り残されてしまった主人公がサバイバルを繰り広げ、地球でも彼を助けるために一丸となっていく、といった内容です。火星での孤独な戦い、というと、なんだかシリアスな感じで身構えてしまいそうですが、そうではないところが本作のおもしろいところ。

生命の存在しない極寒の砂漠・火星では、常に死と隣り合わせ……のはずなのですが、そんな緊迫感がずっと続くわけではありません。ハラハラドキドキが2時間半も続いては身が持たないので当然といえば当然ですけど。物語として、順調にいっているときとピンチに陥ったときでメリハリがあって非常にわかりやすい内容になっています。

シリアスすぎない雰囲気の原因の1つは、主人公のマーク・ワトニーの性格。彼は植物学者でエンジニア、有人火星探査の6人のうちの1人に選ばれるくらいだから、トップクラスに優秀な科学者です。が、フィクションにおける科学者のイメージ(白衣を着て実験室にいて理屈っぽいetc.)とは違い、ユーモアにあふれた愉快な変人、といった人物像になっています。ある意味、こちらの方がリアリティがあるのかも。ともあれ、あんな状況でも前向きなワトニーのメンタルには脱帽です。

前向きな姿勢はこの映画全般にも当てはまります。もうとにかくポジティブ。誰もかれもぐずぐずしないので観ていて心地よいです。火星だけでなく、地球サイドもワトニーを救うという共通の目的に向かって一丸となっていて、本当に前向き。どうしても主人公の孤独な戦いがプッシュされてしまいがちですが、地球で結束してる人々も本作の大きな見所でありましょう。

科学の正確性は考証だけじゃない

本作はSFとしての科学考証の正確さウリの1つ。限られた物資から水や食糧を作り出したり、住居や車の改造したり、DIY精神は「DASH村・火星版」の様相ですが、どれも実際にできる可能な方法だったりします。もちろん、すべてが科学的に正確だというわけではありませんが(火星の砂嵐じゃロケットは壊れない、重力が再現されていないetc.)、知らずにミスってるわけじゃなく、わかっててあえてそのままにしてあるようですし、問題ないでしょう。サイエンスなフィクションなわけですから。

個人的に注目したいのが、科学の正確性ではなく、科学を取り巻く環境のリアリティです。前述のとおり、すべての人々が前向きになって主人公を救おうという中、NASAの内部でいくつかの衝突があることも描かれていました。世間の評価を気にして慎重な姿勢になるNASAの長官や、危機的状況なのにワトニーの写真を要求する広報など、一見すると「なんだこいつら」と思ってしまうかもしれません。しかし、彼らは嫌がらせ役などではなく、非常に重要な役割を担っているのです。

火星探査統括責任者であるカプーアのセリフにもありましたが、人々の関心があるからこそプロジェクトが動かせるのであり、関心が薄れてしまえば滞ってしまうのです。これは実にリアルな話で、書籍『Marketing the Moon』でも書かれていたことです。人類が月へ到達したアポロ11号を境に人々の関心は徐々に薄れてしまった、あの熱狂を繋ぎとめておけなかったことが未だ火星に到達できていない理由なのだと。だからこそ、人々の関心に注意を払い、広報活動を怠らないことは非常に重要なのです。

【書籍】『Marketing the Moon 月をマーケティングする アポロ計画と史上最大の広報作戦』
人類を月へ送り込むアポロ計画を科学や技術の面ではなく、マーケティングの面から追いかけた本。月へ到達するまでのサクセスストーリーだけでなく、その後、人々が宇宙開発から関心を失ってしまうまでの過程が書かれており、当時の広告や写真などがカラーで多数掲載されていて資料価値も高め。タイトルに込められたもう1つの意味を考慮するなら、やっぱりサクセスストーリーなのかも。

こうしたリアリティが織りなす物語は、さながらノンフィクションのようでもあります。が、現実にはアポロ開発以降の宇宙開発は前進しているとは言い難く、火星に送り込まれるのは無人の探査機のみ。通信やロボットの技術が進歩しているのだから、危険な場所にわざわざ生身の人間が行くことはない、と思うのは当然のことかもしれません。でも、本作はそこにノーを突きつけています。

最後にモノをいうのは人間だけが持てる力

世界でトップクラスの頭脳が集まって考えた策であっても、すべて順調に進むとは限りません。万事うまくいけばギリギリ間に合うスケジュールをNASA長官が否定していたように、事故やトラブルは付き物です。こればっかりはどうしようもありません。そもそも、この物語自体が不測の事態からはじまったわけですし。

予想外の事故やトラブルに対処できるのは、人類のもつ臨機応変の対応力です。これは主人公・ワトニーの能力でもあり、他のメンバーも持ち合わせている能力でもあります。機械やロボットだって人間が作って人間が使うものではありますが、やはり最後に勝負を決するのは人の手である……というのが、作者が本作に込めたメッセージなのではないかと。やっぱり火星にも偉大な一歩を刻みたいよね、と。

上でも書きましたが、残念ながら現代の宇宙開発は月を目指していた時代に比べると躍進しているとは言い難い状況です。だからこそ、再び人々の関心が宇宙へ向くことを願って、本作を書かれたのかもしれません。とはいえ、作中で人々の関心が集められたのは火星に置き去りになった主人公が原因なので、そもそも火星へ行くアレスミッションみたいな計画をどうやって通すんだよ、って話ではあるのですけれども。

原作の小説版もいいぞ

ちなみに、原作の小説版『火星の人』(英題:The Martian)もめちゃくちゃおもしろいです。この映画を楽しめたなら、間違いなく楽しめるでしょう。ストーリーは大体同じですが、科学的な説明や人物の心理などがより詳細に書かれているので、結末を知っていても十分おもしろい。本を読むペースがハッキリいって遅いボクが2日で上下巻を一気に読んでしまうくらいにはおもしろかったです。

特に、ワトニーの1人称視点で書かれた火星パートは逸材。彼の書き残したログ、という形式になっていて、リアルタイムではなく多少気分にも余裕があるためか、随所にユーモアが挟まっていて何度も笑ってしまうことうけあい。科学的な説明の部分は若干イメージしづらい部分もあるかもしれませんが、映画を観た後ならすんなり読み進められるかと。読めば読むほど、マット・デイモン含め映画版のキャスティングはパーフェクトだと思えてきたりもします。

にしてもこの原作、元はWebサイトで公開されていたところから電子書籍化され、大好評のためハードカバーとして出版される経緯をたどっており、まさにトントン拍子の出世作のようです。これだけおもしろいのだから納得ではありますが、本作をおもしろいと感じられる人は、少なからず宇宙好きだったり科学好きだったりするでしょうから、まだまだ宇宙への関心の熱は冷え切っていないのではないか、とも思うわけです。となると、再び人類が宇宙を目指す日々は、案外近かったり…。月面着陸をリアルタイムで体験できなかったボクとしては、有人火星探査を生きているうちに見たいものですが、さて。

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