アニメ【下ネタという概念が存在しない退屈な世界】感想 ディストピアに反旗を翻すアンチヒーローの物語

徹底した下ネタで笑わせてくれる本作ですが、その世界観はどこまでいってもディストピア。現代日本を皮肉り、キレのあるギャグで調理しながらも、根底に込められた問題提起には考えさせられるものがあります。そして、作品内で宣言される回答は、シビれるほど格好いい。必見です。

下ネタという概念が存在しない退屈な世界 感想

『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』(以下、『下セカ』)は、下ネタしか存在しない愉快な物語でした。終始ギリギリのラインで笑わせにきていた本作は、一見するとしょうもないギャグアニメなのですが、その実、現代日本への痛烈な皮肉が込められた作品です。皮肉を気持ちよく笑えるように料理するのは卓越したセンスが求められますから、そういう意味では圧巻の出来。センスがいるのは下ネタも同じですが、こちらも本当に見事。

個人的には、下ネタってあまり好きではありません。歳をとると1周まわっておもしろくなる、という感覚を理解できないわけではありませんが、どちらかというと、つまらない人が最後にすがりつくのが下ネタ、って印象があるからなんですよね。なので、本作の視聴にはあまり乗り気ではなかったのですが、実際に観てみると印象がガラリと変わりました。『下セカ』は、下ネタなんてものを題材としながらも、れっきとしたディストピアものなのです。それも相当ヘビーなヤツ。

びっくりするほどディストピア

『下セカ』の舞台となるのは、「公序良俗健全育成法」の制定により、卑猥なモノがすべて失われたキレイな国と化した日本。毎回オープニングで爆破されるマジックミラー号と例のプールにどうしても笑ってしまいますが、よくよく考えてみるとまったく笑えない状態です。

下セカ びっくりするほどディストピア

ピースメーカー(PM)と呼ばれる首輪型と腕輪型の小型端末の着用が義務づけられ、あらゆる言動が監視される社会は、ビッグブラザーが見守るジョージ・オーウェルの『1984年』のようなものですし、すべてのエロ本やグッズが焼き払われる様は、ブラッドベリの『華氏451度』に等しい。実際に卑猥な言動をしてしまうと、たとえ未成年であっても執行猶予なし懲役刑が下されるなど、専門の治安維持組織・善導課の取り締まりも容赦がない。言論統制や監視社会、表現規制に情報操作…等々、びっくりするほどディストピア。

この世界設定は、下ネタが封じられた世界というより、その元となる性的なモノの一切が禁じられた日本です。そしてその世界を体現する存在が日本随一の風紀優良校・時岡学園で生徒会長を務めるアンナ・錦ノ宮。性知識のないまま歪んだ思想を正義と信じて疑わない彼女は、恋愛感情と性欲との区別がつけられず、やがて暴走したモンスターと化してしまいます。

下セカ 性欲のモンスター

極端な世界設定に極端なキャラクターは、皮肉を笑いに変えるための手段なのでしょうけど、現代日本への問題提起としてはなかなかに痛烈。卑猥なモノに対する規制はゆるいと言われる日本ですが、性的なモノに暗い印象を植えつけ続けた結果、性欲の捌け口となるモノが大量に存在している状況を生んでいるところは、少なからずあるでしょう。

性的な表現での規制やガイドラインはもちろん必要です。大抵はハッキリと線引きできるものではなく、曖昧な基準になりがちなため、議論はどこまでも続けられていくことになるでしょう。けれども、その根底にある「正しさ」とは何なのか。その正義が行きつくところはどこなのか。もちろん、本作で示される世界観は極論ではありますが、問題提起として考えさせられるものはあると思います。これはエロや下ネタに限った話ではなく、エンターテイメント全般に対しても当てはまりそうな話でもあります。

こうしたディストピアな舞台において、主人公たちがやることはもちろん反体制活動。といっても、武力で国家と戦うわけではありません。性知識の失われた世界なので、主人公たちは性知識を流布しようと暗躍するのです。

性のディストピアに立ち向かう反体制の構図

下セカ 下ネタテロ組織SOX

下ネタテロ組織「SOX」として、主人公・奥間狸吉と雪原の青こと華城綾女は、正しい性知識を流布すべく、下ネタテロ活動を続けます。下ネタについてはサラブレッドである2人のボケとツッコミを中心に進むのですが、彼らに協力する者や敵対する者の構図がなかなか興味深いものになっています。

協力者として登場するのは、エロ本が失われた世界で、卑猥な絵を描いてくれる早乙女乙女と、性知識の失われた世界で、子作りのメカニズムを解明しようとする不破氷菓。この2人は、芸術と科学の面から性的なモノにアプローチをかける存在です。芸術とはつまり文化です。文化と科学、人類にとって欠くことのできない2つの要素が、主人公たちに力を貸しているわけです。

下セカ 文化の早乙女、科学の不破

両名とも協力的であるものの、反体制のために立ち上がったのではなく、あくまでも自身の好奇心に基づいて動いています。文化も科学も、その発展は人間の飽くなき好奇心によるところがあるからでしょう。ただひたすら好奇心のままに探求を続ける彼女たちは、正義でも悪でもありません。文化も科学も、それ自体は正義でも悪でもないのです。

一方、主人公たちと敵対する別の下ネタテロ組織「群れた布地」のボス・頂の白は、己の欲望のためだけに変態テロ活動をしている存在です。周りに迷惑をかけてでも自身の欲望を満たそうとする頂の白は、SOXとは似て非なる存在であるため、真っ向から敵対することになります。傍目から見ればどちらも頭からパンツを被った変態ですが、己の欲望のみで行動する変態は是とされず、ここで一線を引かれているのです。

下セカ 頂の白

歪んだ世界を体現する存在であるアンナ・錦ノ宮とは敵対しているものの、倒すべき相手ではありません。彼女はこの世界の被害者であるため、むしろ救うべき存在なのです。完璧超人というか、人間を超越した能力を持つアンナは、ひらすらギャグっぽく描写されていますが、根底にあるのは狂気そのもの。第4話のラストで彼女が語る正義にはゾッとさせられました。アンナに正しい性知識を教えて真っ当な人間に更生することが本作のゴールなのでしょうけど…その道のりは果てしなく険しそうです。

下セカ 歪んだ世界の象徴・アンナ

主人公が戦いを挑んだ相手は、歪んだ正義ではなく、退屈な世界です。卑猥なモノが間違ったモノとして排除され、正しさだけになった世界は、キレイなのかもしれないけれど、それは非常に窮屈でつまらない世界。主人公たちは、そんな退屈な世界に反旗を翻したのです。正しいだけの退屈な世界を破壊するのは、刺激的な悪であると。

「下ネタになりたい」

極端な世界観を通した問題提起に対する本作の答えは、第11話の華城綾女の演説で示されています。この演説は、主人公たちの立場を表明すると同時に、作品および作者の宣言であるとも思います。

下セカ 雪原の青の演説

私は下ネタになりたい。その存在そのものが間違っていて、歪んでいて、悪とされる。けれど、それ故に存在価値があり、人々から求められる下ネタそのものに。

そう、私たち下ネタテロ組織は、あくまで間違った存在でなければならないわ。自分たちを正しいと思い込んだまま突き進んだんじゃ、下ネタという概念の存在しない退屈な世界こそが理想だと妄信する人たちと同じになってしまうもの。

そもそも下ネタもエロも、間違っていなければ意味がないものよ。間違っているから魅力的で、隠さなければいけないものだから興奮が増して、悪であるから輝いて、歪んでいるからこそ惹きつけられる。

だから私は、下ネタという概念が存在しない退屈なこの世界を壊すために、絶対悪として戦うことを、ここに表明する。

正直、この演説にはかなり感動してしまった。戦いとはお互いの正義がぶつかり合うところに起こるものですが、自分たちを正義ではなく、悪と定義づけてた上で、間違っているモノであるから、正しいモノとして認めろとは言わず、どこまでも戦い続けると表明しているのです。そしてその戦いの目的は、正義を振りかざす者たちを倒すためではなく、彼らが作り出す退屈でつまらない世界を壊すため。刺激的で輝かしい世界のために、自分自身が正義に叩かれるべき悪になろうと宣言しているのです。

なので、本作はギリギリを攻めるし、BPOに苦情が寄せられたりもしたのですが、それこそが絶対悪としての戦いなのでしょう。下ネタづくしの作品なのに、根底にあるスタンスはやたら格好いい。ディストピアに反体制派として立ち向かうアンチヒーローの物語であると同時に、作者たちも悪として立ち上がる、それが『下セカ』なのです。

エロも下ネタも好奇心に根差した文化です。好奇心は猫をも殺すという言葉がありますが、裏を返せば、命を懸けるだけの価値があるということ。『下セカ』には、作者たちの命懸けのメッセージが込められているといっても過言ではないと思えます。下ネタなんてくだらない…、と思っていたアナタも、本作は一見の価値アリ。

それにしてもひどいエンターページだ…。

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