「無」をテーマにした科学の話、などというと、なんだか宇宙的なスケールを想像してしまいますが、本書における「無」はもうちょっと範囲が広め。ビッグバンや完全な真空の話もあれば、数字のゼロにまつわる話や絶対零度の話、男性の乳首なども「無」意味な存在として登場したりします。「無」の話だけど「無」意味ではない、そんな科学エッセイ集です。
「無」とはいったい、うごごご! エクスデスも決戦前に本書を読んでおくべきでした。アルマゲストもグランドクロスも地球が丸いとか太陽系の惑星が並ぶ話とかですから、スケールが小さすぎです。そんなことで宇宙の法則を乱している場合ではありません。その真空波は”本当に真空”ですか?
そんなわけで、この夏場にちびちび読み進めていた本、『「無」の科学』を読み終えたので感想など書いていきます。最初に書いておきますとこの本、かなり楽しめました。
宇宙論から医学までなんでもありの「無」の話
本書は、「無」に関するさまざまな科学の話を集めたエッセイ集です。宇宙論から物理学や量子力学、医学や脳神経科学、生物学に数学とバリエーション豊かなラインナップのエッセイが25本収録されています。どれも「無」という共通のテーマを持ちながら、書いてあることは本当にバラバラ。
たとえば宇宙論の話。宇宙は「無」から生まれた、というのは割と最新の研究で、以前にもこの話は『宇宙が始まる前には何があったのか?』で読んでいました。「無」から「有」が生まれるなんてそんなバカな、と思われるかもしれませんが、そんなバカなことが起こるのが現実の宇宙なのです。「無」の話、なんていえば、こういう真っ暗な宇宙的なイメージの話を想像してしまうわけですが、実際そういう話も含まれています。
参考:【書籍】宇宙が始まる前には何があったのか? (原題:A Universe From Nothing)
でも、そんな話ばかりではありません。たとえばプラセボ効果の話。プラセボ効果が「無」の話?と思われるかもしれませんが、何も効果が「無」いはずの薬が何らかの効果を生み出す、という観点なわけです。プラセボ効果は別段目新しい言葉ではないのですが、最新の研究ではボクのイメージするところとは違ってきているようです。
現在、薬の効果を実験する場合、二重盲検ランダム化比較試験、つまり被験者も実験担当者もどちらが本物かわからない2種類の薬を使ってプラセボ効果による反応を除外しようとしているわけですが、最新の研究では、それでもまだ不十分だということがわかってきているそうです。どちらも効果がない薬で試験したにもかかわらず、片方に有意にみえる効果が出てしまうことがあるそうな。要するに、一見すると効果があるように見える薬も、実はプラセボ増強剤でしかなかった、というケースがあるのです。ということは、我々が普段使っている薬の中にも、そういったものもあるのかもしれません。
さらに、プラセボ効果とは反対のノセボ効果の話も収録されています。つまり、何の効果も「無」いはずなのに、何らかの悪影響をもたらしてしまう効果のことです。「病は気から」とはいいますが、割と冗談では済まされないようです。謝って末期癌だと診断されてしまった患者が「もうダメだ」と思い込んで死んでしまったケースが実際にあったそうで、洒落になっていません。
厄介なノセボ効果ですが、さらに厄介なことに伝染することもあるのだといいます。集団のうちの1人が気分を悪くして倒れた場合、同じように気分を悪くして倒れてしまう連鎖反応があったりします。学生時代に校長先生の長い話の最中によくみた光景、というのはちょっと違うかもしれませんが、最近だといわゆる「放射脳」なんて揶揄される人たちが、特に体には問題がないのに体調不良を訴えたりするケースなどが近いでしょうか。これは昔から知られている集団心因性疾患と呼ばれるそうで、心理学の分野になりそうです。
興味深いノセボ効果の話ですが、残念ながら研究はあまり進んでいないそうです。というのも、実験をしようとすれば倫理的に問題にぶち当たってしまうわけですから、そりゃそうですよね。
他にも、数字のゼロにまつわる話とか、男性の乳首のように一見「無」意味な器官の話とか、何も考えて「無」いときに実は脳が活発に動いている話とか、ナマケモノのような「無」精な動物たちの話とか、宇宙の終焉の話とか。すべての話に興味を持つのは無理かもしれないけど、これだけあれば1つや2つは惹きつけてくれるはず。個人的には「数学はなぁ…」なんて思っていましたが、担当している方の文章が上手なので1番読みやすかったりしましたし。
本書の最後を締めくくるのは宇宙の終焉の話。ビッグバンではじまった宇宙の終焉については諸説あり、収縮されるビッグクランチだけでなく、ビッグリップやらビッグスナップやらビッグトリップやら。最近の宇宙の話でよく耳にするダークエネルギーを超えたファントムエネルギーなど、RPGのラスボス諸氏は必見ではないだろうか。メテオなんてスケールの小さいことをやっているからプレイヤーにダークマターをぶつけられてしまうのですよ。
科学だけど一般向けで読みやすくオススメ
そんなわけで『「無」の科学』。科学の話とはいえ、一般向けの科学雑誌『ニュー・サイエンティスト』誌に掲載されたものなので、ボクでも読めるくらいの内容になっています。1つ1つのエッセイは短めなので、空き時間などに読み進めやすいのもポイントが高いですね。といっても、聞きなれない物質名が並ぶとよくわからなくなったりはしますけれども。
ところで、この文章の中で何回「無」は登場したでしょうか? いや数えなくていいです。そんなのを数えるのは「無」意味だし時間の「無」駄なので、時間はもっと有意義に使いましょう。本書を読めば、「無」意味の意味に触れることもできましょう。エクスデスに投げる銭があるのなら、この本の購入費用にまわしてみてはいかがでしょうか。