『ハイスコアガール』のこのタイミングで読んだので感想とか

90年代のアーケードゲーマーを主人公とした漫画なんて世代的にストライクに決まっているので、そのうち読もうと思っていたけどそのままになっていた『ハイスコアガール』を今更全巻買って読みました。内容は予想以上のおもしろさ、というか甘酸っぱい切なさとノスタルジーでいっぱいで、どうしてさっさと読んでおかなかったのかと激しく後悔中。

SNKプレイモアが著作権の侵害で出版元のスクウェア・エニックスを刑事告訴という事態となり、『ハイスコアガール』の単行本を自主回収、電子書籍の配信を中止することになっています。事態が収拾するまで読めなくなってしまいそうなので、このタイミング(このニュースの流れた当日)に本屋へ駆け込んで全巻買ってきました。こんな事態に背中を押されないと動かないボクで本当にすみません。

で、現在発売中の単行本全5巻を一気に読んでしまいました。読む前は、90年代のゲーセンを舞台にしているなんて世代的にストライクなわけで、そりゃおもしろいに決まってるでしょ、とタカをくくっていたのです。

しかし実際に読んでみると、自分を重ねやすい時代設定であるというだけでなく、ラブコメの甘酸っぱさとノスタルジーからくる切なさに「ああもうなんなの!なんなの!」とキュンキュンしっぱなしです。だから、もっと早く読んでおけばよかったと後悔しまくりです。いまこの漫画のおもしろさを伝えたところで、すぐに手に入れる手段がないわけですから。漫画喫茶とかいけば読めるのかも…

90年代ゲーセン文化へのノスタルジア

『ハイスコアガール』は90年代を舞台とした物語で、1巻の最初は1991年、主人公・矢口ハルオは小学6年生というところからスタートします。まだ不良のたまり場であり”盛り場”呼ばわりされるゲーセンでお小遣いを削って「スト2」に勤しむハルオ少年の姿はまさに過去の自分そのもの。その後登場する駄菓子屋ゲーセンや商店前のMVS筐体など、「そうそう、こんなんだったよね」と過去を思い出させてくれる舞台設定になっているわけです。

90年代のゲーセン文化、あの時代の子供たちがどうやってゲーセンのゲームに触れていたのか、という描写は実にリアル。ハルオ少年とほぼ同世代のボクにとっては何の疑問も感じずにうんうん頷きながら読めてしまう描写の連続ですが、世代ではない人がどう感じるのかは気になるところです。

たとえば1巻の第7話の扉絵、駄菓子屋ゲーセンの屋外におかれた筐体で日差しをよけるシートを被りながらゲームをやっていたとか、マジで事実ですからね。吹雪の中でも店先のMVS筐体で遊ぶハルオの姿はギャグでも極端な描写でもないんですよ。格ゲーのCPU戦で順番待ちして早くやられちまえオーラ全開とかもまんまリアル。ああいう時代があったんですよ。いや本当に。

ハイスコアガール 日差し除けシート付の筐体は駄菓子屋ゲーセンの日常風景

最初は小学生だったハルオも中学、そして高校へと進んでいくわけですが、全編に渡って「そうそうこんなんだった」と思わせるツボを突きまくってくるので、読んでいる最中は本当に90年代に帰ってしまいますね。ゲームの小ネタもきいてるし。

時代設定の描写だけではなく、ゲーム少年としてのハルオの描写もすごくいいんですよね。たとえば、ゲーメストの筐体広告に夢を馳せるところとか。マイ筐体を手に入れて家でゲーセン気分を味わいたいとか、誰しも一度は通る道じゃないですか。修学旅行の最中でも知らない土地のゲーセンが気になったり、ゲームハードを箱にしまったり、新作ゲームに頭がいっぱいになったり(これはいまでもなるか…)、読者がハルオに自身を重ねやすすぎるのです。感情移入をしやすいからこそ、物語に心を動かされるというものなのです。

感情移入という面で、もっとも好きな場面は高校受験の合格発表のシーン。3巻のラストを飾るあの1ページ。ゲームとは関係ないシーンですが、個人的に1番好きなシーンです。※ちょっとネタバレがあるので(ギリギリ避けているつもりだけども)未読の人は以下の部分を飛ばしてしまいましょう。

あのゲームバカだったハルオがゲームをガマンしてまで挑んだ高校受験、明らかに危なそうなフラグを少しずつ積み上げていき、最後の最後でアカンやつを立ててしまうわけですが、合格発表のシーンは受験番号を並べた掲示板を描くだけ、というモノ。あのページで読者は最初「え?」となるんですが、直前のページでハルオと大野さんの受験番号が描かれていたことを思い出し「あ!」となるわけです。ここで受験番号を探してドキドキする読者の視点はハルオの視点と完全に一致し、その後の感情も完全に一致することでしょう。だから、それ以上の描写が一切されていないのです。この描き方は本当にすばらしい。

あと個人的にハルオを被るのは、一時期ゲーセンを離れていたことでまったく勝てなくなってしまった経験があること。ハルオのように受験ではないですが、10代の行動原理は「モテたくて」なので、「ゲームなんて…」と自分に素直になれずにいた時期があったため、素直になってゲーセンへ戻ったらまるで勝てなくて絶望したんですよね。ボクと同じ経験があるかどうかはともかく、ハルオの行動は過去ゲーム少年だった人にはどこかしら被る点があるでしょうから、本当に感情移入がしやすいんですよ。

ハイスコアガール ブランクのあるハルオに対して容赦ないコンフュージョナー

恋しさと せつなさと 心強さと

主人公・ハルオは正真正銘のゲーム少年で、頭の中身が全部ゲームで埋まっているような男の子です。ゲームバカっぷりが極端なようでそうでもない、割かしリアルな90年代のゲーム少年像だと思います。対するヒロインの大野さんは箱入りのお嬢様で無口系で実は素直でゲーマー、と設定の過積載。過去のノスタルジーを描いた作品において、誰の過去にも存在しなかったであろう少女がヒロインなわけです。

こんなことをいうと、ヒロイン・大野さんがせっかくのノスタルジーを破壊する異物のように思われるかもしれません。が、別にそんなことはありません。確かに大野さんは浮世離れしたキャラクターではありますが、ゲームの社会的地位が底辺だった時代において、言葉を交わさなくておゲームでわかりあえる同志の存在はこれ以上なく心強いものでしたから、ハルオの中で大野さんの存在が大きくなっていくのは納得の流れなんですよね。

ハイスコアガール ゲームを軸にしたハルオと大野さんの奇妙かつ納得の関係

大野さんに限らず、登場人物が皆いい人であり、かつ人間関係も良好なので心地の良いノスタルジーを阻害せず、それどころか加速させているのです。ボクの学生時代には大野さんや日高さんどころか宮尾くんすらいませんでしたが、それでも居心地の良い90年代に浸らせてくれます。ついでに言えば、あんなにゲームに理解のあるかーちゃんでもなかったわけですが、ハルオほど優しい少年ではなかったのでこればっかりは仕方ないかなと。

キャラクターとしても人間関係としても嫌なヤツの立場にいるのは業田さんくらいでしょうか。大野さんの指南役の彼女はゲームに理解を示さない典型的な教育ママ的な存在であり、ゲーマーの天敵であると同時に彼らの恋路を邪魔する障害であったりもします。二重の意味で主人公たちの敵である業田さんは読者のヘイトを一身に引き受ける存在なのですが、この人くらいなんですよね、嫌なヤツ。なので、90年代のノスタルジックな切なさの中で繰り広げられるラブコメは甘酸っぱさ全開で楽しめました。

と、なんだかごちゃごちゃ書いてますが「大野さんかわいい」の一言で大体クリアできそうです。『ハイスコアガール』のファンの集いがあったなら、「大野さんいいよね…」「いい…」だけで完結しそうな勢いです。日高さんもかわいいですけど、っていうか女の子がかわいいんですけど。特に大野さんは無口系で一切しゃべらないキャラクターなので微妙な表情ですべて表現されているわけですが、この表現がうまいんですよね。なので、とにかくかわいい。

ハイスコアガール 大野さんかわいい

あと、キャラクターの個性をゲームのプレイスタイルとくっつけて表現されているのがいいですね。格ゲーにおけるキャラ選びだけでも彼らの主義が現れていて。ハルオはガイル、幻庵、ビシャモンと自分の好きなキャラを選ぶタイプ、大野さんはザンギエフやE本田、ハガーと重量級がメインでレアキャラを選ぶタイプ、日高さんは「真サム」で右京、「ハンター」でフォボスを選ぶ強キャラ使い。こういうところで個性が出てるのは非常にいいですよね。

大野さんはかわいいし、日高さんもかわいい。宮尾くんをはじめ登場人物も皆いい人とあって、彼らが傷つくところは見たくないのですが、そうも言っていられない展開にハラハラするわけです。そんな甘酸っぱい恋愛模様に切ない気持ちになるのですが、『ハイスコアガール』の場合、ゲームと共にどんどん時代が流れていくことがより一層切なさを掻き立てるのかもしれません。いつまでも続くと思っていたゲーム三昧の日々も過去のもの、漫画の中ですら容赦なく時間が流れていくのです。切ない。

To Be Continued

物語にはいつか終わりがあるものです。90年代という美しい思い出の時代にも終わりはやってくるものです。でも、この話はまだ終わっていません。

ハイスコアガール 90年だはまだ続く

過ぎ去りし美しい過去を思い出させてくれる本作は、90年代に思いを馳せ、心地の良いノスタルジーに浸らせてくれるすばらしい作品です。しかし、この居心地の良さは時として劇薬にもなりかねません。心が弱っているタイミングで読むと心地よい90年代に呑まれて帰ってこられなくなりそうなくらいなので、みなさんも読むタイミングには注意しましょう。

冒頭の問題で自主回収されたとはいえ、連載は継続するそうです。(※2014/8/12追記 連載についても一時休載すると発表されました。)とはいえ、5巻のラスト、あんなところで切られて待たされるのは非常にツライですから、1日も早く、この問題が解決することを心より願っております。