元ゲーメスト編集長・石井ぜんじ氏のコラムを集めた『石井ぜんじを右に!』を読み終えたので感想など。内容は、過去に書かれたコラムだけでなく、対談記事やアーケードゲーム目録などもあってボリューム大。「ゲーメスト」時代のゲーセン事情やぜんじ氏のゲームに対する姿勢が結集した1冊になっています。
マルゲ屋で買ってきました。ウソです。
『石井ぜんじを右に!』はアーケードゲーマー御用達の雑誌「ゲーメスト」の元編集長・石井ぜんじ氏が過去に書いたコラムをまとめた本です。タイトルの由来は「ゲーメスト」の有名な誤植ですね。「ゲームジャパン」誌上で2009年~2011年に連載された本書と同名タイトルのコラムと、「CONTINUE」誌上で2001年~2008年に連載されたコラム「ゲームの彼岸にて」が収録されています。
コラム「石井ぜんじを右に!」では、ぜんじ氏が「ゲーメスト」に関わるようになってから廃刊まで、「ゲーメスト」の中の人の視点から当時のアーケードゲームを振り返る内容になっています。一方「ゲームの彼岸にて」では、ゲーマーとしてゲームに対する彼の考えが綴られたコラムになっています。前者は割と最近書かれたものですが、後者は書かれた時代を考慮しながら読むのがちょうどいいかもしれません。
2つのコラム集は400ページ近い本書の約半分。残りの半分は本書のために新たに書かれた特別企画になっています。1つはアーケードゲーム業界に関わる人たちとの対談企画。もう1つが20世紀アーケードゲーム総覧として、「ゲーメスト」廃刊の1999年までにリリースされたアーケードゲームの一覧表が収められています。
対談企画では、基盤屋の高井商会、『ハイスコアガール』の押切蓮介氏、マルゲ屋のメルティちゃんを生んだ吉崎観音氏、『スト2』を生んだ西谷亮氏、そして「ゲーメスト」ライター陣との座談会が収録されています。本書用の特別企画といってもかなりのページ数が割かれているので、メインのコラムをすでに読破済みの人でも読み応えのある内容になっているのではないでしょうか。
「ゲーメスト」から見たあの時代のゲーセン
本書の第1部であるコラム「石井ぜんじを右に!」は、「ゲーメスト」時代のゲーセンをぜんじ氏の立場から追ったものになっています。コラムはほぼ時系列順に並んでおり、ぜんじ氏がアーケードゲームに出会った頃からライター、編集長時代を経て新声社の倒産、そしてその後までが綴られています。
おもしろいのは、当時のゲーセンの空気と「ゲーメスト」内の空気。前者はボクでも知っているあの頃の雰囲気ですが、後者は今だから話せる内容という感じ。数あるゲーム雑誌の中でも独特の空気をもっていた「ゲーメスト」はやはり独創的な編集部から生まれていたのだがと改めて実感する次第であります。
このコラムでは『ゼビウス』から『魔界村』、『ダライアス』に『サイキックフォース』と具体的なゲームタイトルを挙げて書かれているので、当時のゲーセンを思い出すにはもってこい。過去の美しい思い出に囚われてしまうことには注意が必要ですが、振り返ることもたまにあっていいのです。
個人的な話をすると、ボクが「ゲーメスト」に出会ったのはたしか『スト2ダッシュ』の稼働当初くらい。四天王のキャラクター性能とか既存キャラクターの変更点とかを知りたくて手を取ったように記憶しています。立ち読みでは把握しきれない内容の濃さだったため、買って帰って読みふけった思い出があります。それから毎号購読していたわけではありませんが、ゲーセンのゲームの情報が詰まった貴重な情報源として重宝する雑誌だったことはいうまでもありません。
そんな「ゲーメスト」がどのようにして生み出されていたのか。どうやらサークルや同好会の延長線のようなノリだったようで、会社としては問題ありそうな感じですが、とにかくパワーと勢いがケタ違いだったという印象ですね。実際、あの誌面は普通の編集部からは生まれそうもありませんし。ゲームとそれを取り巻く環境が今ほど確立されていた時代でもなかったわけですから勢いとパワーは力。
「ゲーメスト」編集部はちゃんとした会社ではなかったのかもしれませんが、現代は長く続く不況の時代といわれており、できるだけ安定した職種や収入が求められ、企業は闇より光が良しとされる風潮ではありますが、光も闇も定かではない未開の地をがむしゃらに切り開くパワフルなお仕事というものも、ずいぶん眩しく輝いてみえるじゃありませんか。思いで補正込みで書かれた”あの頃”に憧れを抱いてしまうなんて、ボクってマジ単純。
石井ぜんじ式のゲームとの向き合い方
本書の第2部であるコラム「ゲームの彼岸にて」は2001年からの連載。ぜんじ氏が情熱を注いでいた「ゲーメスト」廃刊からまだそれほど時間が経っていない時期に書かれたもので、やや暗い雰囲気から書きだされているのが印象的。
2001年頃といえば、PS1とセガサターンの登場でアーケードゲームが家庭用に高い完成度で移植されるのが当たり前となった後、PS2やドリームキャストの登場でより一層その流れが強まり、「ゲーセンのこれから」に立ち込めた暗雲が強烈に増していった時期でもあります。2015年現在、時代も変わって状況も変化していますが、一寸先が闇なのはいつの時代も変わらないものです。
こちらのコラムはぜんじ氏本人も書いているけど「クセのある文体」で「厨二風」で「恥ずかしい文章」な感じ。文体はともかく、このコラムではぜんじ氏のゲームに対する姿勢が読み取れます。ファミコン以前の時代、ビデオゲームが蔑まれていた時代にわざわざ自分でゲームを選んだことが強いこだわりを生む元になっていることは、このコラム以外からもひしひしと伝わってきます。
個人的に印象的なのが「追憶」というコラムで、ぜんじ氏が学生時代に通っていたゲーセンを辿る話。実はボク自身、最近になって昔住んでいた場所へ行く機会があり、当時遊んでいたゲーセンを探したことがあったので、少し自分を重ねてしまいました。ゲーセンどころか街並みが大きく変わっていて唖然としてしまったわけですが変化があるのは当然のこと。とはいえ、なんだかしんみりした気分になっちゃいますね。
大ボリュームの対談企画
本書の後半はコラムではなく特別企画としていろんな人との対談が掲載されています。まず最初は基盤屋の高井商会の社長さんから。高井商会への取材も兼ねており、いかにもレアそうな基盤や筐体の写真も多数。あとこの部分だけ、なんだか「ゲーメスト」っぽいレイアウトになってるのも印象的。
ゲーセンというものがまだ生まれていなかったくらいの時代に創業し、現在も運営している老舗ということで、その話は興味深いところばかり。どちらかというと、珍しい基盤や筐体に夢中なぜんじ氏の方が印象深いような気もするのですけど。
押切蓮介氏との対談は2014年4月に行われたものなので『ハイスコアガール』が例の問題になる前、ピコピコ少年がやさぐれる前ですね。インタビューではなく対談なわけですが、どちらかというと押切氏が質問してぜんじ氏が話しているような印象です。ボクも『ハイスコアガール』な世代なので目の前にあの石井ぜんじ氏がいたら質問攻めにしちゃうだろうなーと思う次第。
参考:
吉崎観音氏との対談は開口一発「初めまして」という意外な展開。「ゲーメスト」とも新声社とも関係の深そうな両者が会ったことなかっただなんて。吉崎氏はいまでこそ『ケロロ軍曹』の人ですが、ボクにとっては「ゲーメスト」誌上の4コマの印象が強いのですよね。読者投稿から連載を持つまでの話など、とっても興味深い話になっています。
そして『スト2』を生み出した西谷亮氏との対談。これはコラムの中でも入っているのですが、今回あらためて対談したものですね。『スト2』時代前後のカプコン内部の話はどれも興味深いのですが、特に印象的なのは、もともと『スト2』の対戦は海外ではウケるだろうけど日本では流行らないだろうなと考えられていたというところ。
実際、当時は多くのプレイヤーがCPU戦をクリアするのが目的でやってましたし、対戦台が一般化しはじめた『スト2ダッシュ』時代でも対戦を嫌がる人は結構いました。シャイな日本人は横対戦を嫌うけど、海外ではむしろ横対戦が好まれるというのも印象的ですね。昨今の海外で行われる格闘ゲームの大会などをみているとその風潮はいまでも変わっていないんじゃないかと思えます。
対談企画の最後は「ゲーメスト」ライターによる座談会で、参加者は石井ぜんじ氏の他にC・LAN氏、山河悠理氏、YOU.A氏の3人。「ゲーメスト」は各記事にライターの名前を書いていたので見覚えのある人もいるんじゃないでしょうか。当時の編集部の空気や攻略のやり方など、今だから話せることがいっぱいなのですが、最後に「再来年(座談会は2014年)は30周年だから、機会があればまた」とあるので、期待したいところです。
資料価値の高い20世紀アーケードゲームの一覧表
本書の最後に20世紀アーケードゲーム総覧として、1972年の『ポン』から1999年までのアーケードゲームの一覧表が掲載されています。まだ完全なものではない、ということですが、それでもすさまじい量です。
一見すると無味乾燥なエクセルシートに見えるかもしれませんが、内容の項目に結構厳しい評が書かれていたりしていかにも「ゲーメスト」的。一覧表から自分が過去によく遊んだゲームを探してみて、その周りにあるタイトルをみていると当時のゲーセンが思い浮かびます。やり込んだゲームのことは忘れませんが、その頃に稼動していたゲームのことはなかなか思い出す機会もありませんからね。
個人的に一覧をみて思い出したのが『エスケープキッズ』。『スト2』は大人気でなかなか順番が回ってこないのでこれ遊んでいた思い出があります。「レッツゴー」というボイスが「マッテヨー」に空耳して腹を抱えて笑いながらやっていました。今聞くとどう聞いても「レッツゴー」なんですけど。いやー、あほな子供でした。
そんなわけで『石井ぜんじを右に!』、コラムだけでなく、プラスアルファの部分もギッシリ詰め込まれており、「ゲーメスト」のあった時代、あの頃のゲーセンについて書かれた貴重な1冊となるのではないでしょうか。
ホビージャパン
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