着地点から考える『鉄血のオルフェンズ』という物語

『鉄血のオルフェンズ』を全話視聴したので感想を交えた考察など。この話ってつまりどういう話だったのか?というと、虐げられてきた子供たちが自分たちの存在を大人たちに認めさせる話だったのではないかと思います。それってつまりどういうことなのか?という話を書いていきましょう。

大人の代表であるラスタルから見た鉄華団

本作の主人公は三日月・オーガスですが、彼個人というよりも彼を含む鉄華団という組織そのものと言えます。虐げられてきた子供たちの代表として、生きるために戦うことしかできない少年兵が鉄華団です。対して、彼らを翻弄する汚い大人たちが多く登場するわけですが、最終的に立ちはだかるのがアリアンロッド司令のラスタル・エリオン。世界を支配する組織の最高権力者なのだから大人側の代表といってもいいでしょう。別にラスタル1人のせいで子供たちが虐げられているわけではありませんし、貧しい子供たちを生み出しているのは社会のせいではあるのですが、そんな社会を作っているのは大人たちなのだから大人の責任ではあるのです。これは『鉄血のオルフェンズ』において最初から中軸になっている構図でした。なので、ラスタルは本作のラスボスとしてこれ以上ないポジションにあるわけです。

鉄血のオルフェンズ ラスタル・エリオン

ラスタルは、組織の中における調和と協和を考える一方、汚い手段の行使も辞さない人物であり、良くも悪くも大人として描かれています。非常に優秀な人物ではあるのだが、あの世界の多くの大人たちと同じく、鉄華団のことを人間として見ていない。人間扱いをしていなかったのです。このことはマクギリス率いる革命軍との戦いにおいて、突撃してくる鉄華団を「宇宙ネズミ」と罵ったことや、火星の本拠地を壊滅させる際に「獣には獣の作法」といって禁止兵器であるダインスレイブを撃ち込んでいることからわかります。ダインスレイブについて、マクギリス相手には表向きだけは報復の形になるように仕込んでいたのに、鉄華団へはそれすらもなかったのは、彼らは人間ではないのだから人間の法を適用する必要はない、ということなのでしょう。

しかし、ラスタルの認識は間違いでした。後にジュリエッタが語っていたように、鉄華団は獣でも悪魔でもなく人間だったのです。だからこそ獣の作法では壊滅させることができず、多くの団員に逃げられてしまっている。これはラスタルの失策でしょう。三日月とバルバトスを倒したので表向きは大勝利っぽく見えるけど、ラスタル自身が「組織とは個の集合体」であり、オルガ1人の命では足りないと言っていたのだから、大勢に逃げられてしまったのは失策に他なりません。

にしても、逃げた先でID書き換えただけで生き延びられるもんなの?という気がしないでもない。しかしよくよく考えると施設にダインスレイブなんか撃ち込んじゃったもんだから死体の確認なんてできないだろうし(人間に当たったら木っ端微塵だろうし)、そうなると逃げ出されたことに気付けないし、テイワズ系の輸送船に紛れ込むってことはギャラルホルンのいない航路を使われるだろうし、蒔苗のアーブラウはギャラルホルンの息のかかっていない国だし、ID書き換えが重罪でもバックに国のトップがいるし。そう考えると実はかなりよくできた逃避行だったのかもしれません。もちろんギャラルホルンなら地獄の果てまで追いかけることもできたでしょうが、勝ちどきを上げた後に実は逃げられてましたー引き続き追いかけまーす、ってんじゃ威光もまた失墜しちゃいそうだし。

ともあれ、鉄華団の逃避行が成功したのは彼らが築き上げた人脈のおかげでした。ラスタルはイオクに歴史について説いていたこともありましたが、鉄華団にも歴史があったわけです。しかし、ラスタルにはそれを計ることができなかった。これもラスタルが鉄華団を人間として認めていなかったことが原因の失策といっていいでしょう。

ラスタル最大の失策

ラスタルの犯した失策のなかでもっとも重大なのがイオクの死です。彼が死んだせいでギャラルホルンはセブンスターズの7家中の3家が途絶え、合議制を維持できなくなって民主化を余儀なくされています。民主化されたということは、実質的に世界の支配者ではなくなったということでもある。クーデターを早期に鎮圧したことで威光は取り戻せたといっても、権力は低下することになるでしょう。少なくとも、政敵を失墜させるために経済圏同士の戦争を誘発させるような真似はできなくなったはず。

とはいえ、クジャン公がペシャン公になったのはイオク様のせいなのでは?といえば確かにそうなのだが、彼の出撃を許可したのはラスタルです。なので、これもラスタルの失策といえます。イオクは出撃の許可を願う際、「力に執着した者の行きつく最期をこの目で見届けたい」と言っている。後にラスタルはマクギリスとガエリオの戦いを見届けようとしていたことからも、組織のトップとして見届けることの意義や責務は理解しているだろうし、だからこそイオクに許可を出したのでしょう。しかし、マクギリスはともかく鉄華団は”力に執着した者”ではない。彼らは戦うこと以外に生きる道を知らないだけである。そんな鉄華団の最期を見届けることに意義があったかどうかはともかく、見届けようとせず最前線に走っていっちゃうおバカさんを出撃させたことはやっぱり失策であろう。

また、獣の作法として撃ち込んだダインスレイブで勝負を決められなかったこともラスタルの誤算だろう。鉄華団は獣ではなく人間であり、人間として生きるようとすることが彼らの原動力でした。ラスタルはこの力を計り損ねてしまった。人間だから獣の作法では倒しきれなかったのです。倒しきれていれば、イオクが死ぬこともなかった。そういう意味でも、ラスタルが鉄華団の力を計り損ねたこと、宇宙ネズミだと侮ったことがこの作戦の最大の誤算なのでありましょう。

結局、イオクの死を受けてギャラルホルンは縮小したものの、そのトップにラスタルが座ることになる。子供たちでは大人の代表であるラスタルを倒すことも引きずり下ろすこともできなかったのだが、だからといってそれが敗北というわけではない。子供たちを侮ってきた大人であるラスタルに存在を認めさせることに大きな意味があるのです。

生きようとする力が世界を変革する

その第一歩がヒューマンデブリ廃止条約。蒔苗の構想を元に火星連合議長となったクーデリアとラスタルによって調印されるのだが、かつて鉄華団との戦いでギャラルホルンの失墜が始まったアーブラウの地で、彼らを人として認める条約に調印するラスタルの心持はいかがなものだったのだろうか。ヒューマンデブリ問題に心を痛めていたなんて言ってはいるけれども、問答無用でダインスレイブを撃ち込んでいたわけだからこんなのは口上である。しかし、クーデリアに対して「あれでこそだ」と感心しているのは本心なのでしょう。

ここでのクーデリアとラスタルのやり取りは興味深い。ラスタルに「革命の乙女」と呼ばれて「乙女はよしてください」と言ったのは単に年齢だけのことではなく、彼女がまぎれもなく大人になっているということでもある。青臭い理想を掲げた子供ではなく、清濁併せ呑む覚悟を備えた大人になっているということ。クーデリアは鉄華団として散っていった人々に「恥じないように生きていたいだけ」と語るのだが、これはつまり、彼女もまた生きようとすることが原動力となっていることを示しています。それに対しラスタルが「あれでこそだ」というは、彼もまた生きようとすることが大きな力となることを学び、認めたということなのだろう。虐げられた子供たちがただ生きようとする姿が大人たちに変革を起こさせたのです。

火星の王もアグニカも愚かな選択肢ではあった

しかし、ただ生きるための戦いだったといいつつ、火星の王を目指したことで破滅を招いているのはやや噛み合っていないような気がしないでもない。ただ生きるためではなく楽になるために博打に出るわけですし。とはいえ、彼らがそれ以外の生き方を考えられないという意味では生きるための戦いだったのかもしれない。

クーデリアがタカキに説いていたように、無限の選択肢から正しい選択をするためには多くを見て学ぶ必要があります。残念ながらオルガ達には学べる機会がなかった。彼らには正しい選択をするための知識もなければ、そもそも選択肢が存在していることにすら気付けない。たくさんの給料を貰ってもその使い道を思いつけないほどに。マクギリスには学ぶ機会があったようにもみえるけど、夜な夜な殴られながらアナルホルンされていたのだから真っ当に育つはずもない。

どちらも周囲の大人たちに恵まれなかったが故に正しく知識を学ぶことができず、愚かな選択をする結果となってしまったのである。本作の主題を鑑みるならば、彼らの愚かな選択は自己責任と放り投げるのではなく、正しく教育できなかった大人たちの責任であるといえましょう。いくら教えても学ばないイオク様もいるんだけれども。

未来は明るい、が…

ともあれ、鉄華団の戦いにより変革がもたらされ、彼らのような少年兵が生み出されることは減っていきそうな世界となりました。別に鉄華団は変革を望んでいたわけではなく、ただ生きようとしただけなのだが、その力こそが世界を変えたわけである。これが『鉄血のオルフェンズ』という物語であり、社会に見捨てられた子供たちがその存在を大人たちに認めさせる話であった、と思うわけです。で、その結果、割と明るい未来になっていそうなので良い着地点だったのではないかと。

独立を果たした火星のトップがクーデリアで、ギャラルホルンの次期トップが鉄華団を人間だと理解したジュリエッタ、地球圏でもタカキが議員になりそうだし、そんな世界であれば子供たちの未来は明るそうなんですよね。少なくとも鉄華団のような組織が生まれることはなくなっていくのでしょう。ヒットマンと化したライドがやや暗い影を落としてはいるのですが、そういうやつが出てきちゃうのも納得ではあるし、それでも暁君が笑って暮らせる世界になっているとは思うのですよね。

ただ1点、気になるのがアルミリアのその後。反逆者の未亡人になってしまったのですが、エピローグで描写がいっさいなかったのが気がかりでなりません。マクギリスが逆賊となった後も妻であることを主張していただけに、彼の死後はどうなってしまったのか。兄のガエリオが軽口を叩けているくらいだから深刻な状態になっているわけではないのかもしれませんが…、そこんとこどうなんですか! 1カットくらい描写あっても、ねぇ?

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