【書籍】『「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか』

本書は人間の「期待」という心の動きがもたらすさまざまな影響について科学的に解き明かしていく本です。心の動きだけでなく脳の働きにまで踏み込んでいるので、心理学から脳神経科学まで広い範囲で使われています。本の帯に書かれているような具体的な疑問をあげて説明されているので興味深く、読みやすいのもポイント。

人間の脳には、常に未来を見る癖がある。いつでもどこでも「この先どうなるのか」という予測ばかりをする。特殊な状況に置かれない限り、自分の脳の未来予測に自分が支配されているなどとは思わないのである。

序文より。

『「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか』の著者はアメリカの科学ジャーナリスト、クリス・バーディック。原題は『Mind Over Mind – The Surprising Power of Expectation』。人間のもつ「期待」という心の動きが実際の行動や結果にどれほど大きな影響を与えているか、というテーマで書かれた本になっています。中心になるのは心理学ですが、そこから医学や脳神経科学や裏付けまで繋がっており、かなりの説得力があります。

具体的な事例に科学のメスを入れていく

本の帯には「イングランド代表チームはなぜPKをはずすのか?」「偽ブランドのサングラスをかけると、なぜ犯罪率が上がるのか?」「偽薬はなぜフランス人に効いて、ブラジル人には効かないのか?」など、とっても気になる疑問が並べられています。こういった具体的な疑問について科学的に分析していく流れになっており、非常に読みやすくなっています。

イングランド代表がPK戦に弱い、なんて考えてみたら変な話です。チームのメンバーなんて毎回変わりますし、PKを蹴るのも外すのも違う選手です。でも、大きな大会の結果を並べてみると確かにPK戦で敗れていることが多い。他チームと比べても圧倒的に数字の差があるわけです。

そこには何か理由があるはず…と、科学のメスを入れた学者さんがいることに驚きですが、その分析結果にも驚き。ネタバレなのでここで詳しくは書きませんが、要するに一流チームの一流選手だからこその「期待」が過大なプレッシャーとなり呪いへと変わってしまうわけです。過去のチームの結果も上乗せされてさらにひどいことに。

この話はサッカーだけでなくスポーツ全般に当てはまる話ですし、もっといえば普段の生活の中でも該当する場面はありそうです。本書のメインは心の動きの話ですが、冒頭で引用したように、「期待」という未来予測が人間の脳の自然な働きとして避けられないものであるために、誰にでも当てはまることばかりなんですよね。いろいろと我が身や周囲に当てはめながら読めるのが何よりもおもしろいところです。

ちなみに、第3章「中毒の構造」の中で触れられていたギャンブル依存症の話から、ゲーマーの罪である「積みゲー」について分析したのが以下の記事。ネタですが、近からずとも遠からずのはず、たぶん。

参考:「積みゲー」を科学する なぜゲームを積み上げても買い続けてしまうのか

他にも、同じワインの評価が上がったり下がったりするのはなぜか、とか、犯罪現場における目撃者の証言に誤りがでるのはなぜか、とか、成功した権力者が愚かな失敗から失墜するのはなぜか、などなど、興味深い事例のオンパレード。具体性があるから読みやすくて理解もしやすいし、人間の心の話だから自分や周囲に当てはめやすく、他人事ではないが故の差し迫った感がぐいぐいと引っ張ってくれます。

人の心が身体に与える影響は想像以上

本書の中でももっともページが割かれているのはプラシーボ効果について。何の効果もない薬なのになぜか効果が出てしまうヤツですね。薬の効果を正しく判定するのを邪魔する厄介者というイメージのプラシーボ効果ですが、最近の研究ではかなり印象も変わってきているようです。人間の心の影響である以上、切っても切り離せないものなので、いかにうまく付き合っていくか、という問題になりそうです。

プラシーボ効果の力は一般的にイメージされる飲み薬や塗り薬などの薬だけに止まりません。たとえば、変形性膝関節症の関節鏡視下手術における実験では、驚いたことに本物の手術をするより偽の手術をした方がよい結果が出てしまったのです。この実験では、通常の損傷部位の摘出と洗浄をするグループと洗浄のみのグループ、それから切開と縫合以外は何もしないグループの3つに分けて経過を見るというもの。もちろん患者たちは本当の手術なのか偽の手術なのかを知らないのだけれど、手術後の経過がよかったのは偽の手術を受けたグループだったという。さらに長期間の経過を見た場合、どちらのグループにも差は見られなかったとのこと。

こんなことを聞くと、偽の手術を受けさせられた人が可哀想に感じるかもしれないし、自分にはそんなことをしてほしくないと感じるだろうけど、それは真っ当な感情でしょう。どちらでも結果的に治るのだからいいじゃないかと思うのも間違ってはいないでしょう。しかし、この結果は医療の価値そのものを問うものでもあります。偽薬や偽手術で怪我や病気が治るのなら、今までの医療って一体…ってなわけです。

といってももちろん、「白衣を着た医師が最新の医療設備を使って治療してくれている」という事実があってこそ、治せるんだと思い込めるので、プラシーボ効果も増大するのです。自宅のベッドで治ると思い込むだけでは信じきれないので、なんでもかんでも気持ちの問題でどうにかなるというわけではありません。信じ込めるかどうかが重要なので、昔は宗教や呪術で病気を治していたという話もあながちバカにはできないのです。

何にしても、治療に効果があるのだからいいじゃん、とも思えるわけですが、心の力はポジティブな方向にだけ都合よく働いてくれるわけでもありません。ネガティブな方向に働くことも当然あるわけです。プラシーボ効果の反対はノーシーボ効果。治るはずが治らないという逆効果が存在するのです。

たとえば、医師から薬をもらう場合、副作用について軽く説明を受けた場合とガッチリ詳細に説明を受けた場合を比べると、副作用が出やすいのは後者の場合だったという実験結果があります。医師には説明の義務があるでしょうに、説明をがんばると悪い影響が出やすくなってしまうだなんて、なんともつらい話です。他にも、製薬会社が新商品を発売すると、旧製品の効果がなぜか下がってしまう現象などもあります。薬の成分は何も変わっていないのに…。

プラシーボ効果という言葉自体は広く一般に知られるところだと思いますが、その効果の大きさはまだまだ正しく認識されているとは言い難いのが現状です。まだまだ研究の途上であることも違いないのでしょうけど、これまでに出てきた研究結果を見ただけでも、イメージとは相当違うものであるとわかります。しかも、心の力であるが故に切っても切り離せず、コントロールもムズかしいというオマケ付。「じゃあどうすればいいんだ」に対する解答はまだまだ先になるかもしれません。

誰にでも関係あるからこそ興味深く読める1冊

今回、本書を読んだのは、前に『「無」の科学』という本の中でプラシーボ効果の話があり、それが興味深かったのでもっと詳しく知りたくなったからです。本書はその「期待」に対して期待以上に応えてくれました。多くの事例と研究結果がギッシリと詰め込まれており、そのどれもが興味深くおもしろいのです。

こうして「『「期待」の科学』って本がおもしろかったよ」と紹介された場合、「おもしろい本だ」と信じて読めばおもしろく感じられるのかといえばムズかしいところで、期待が大きすぎると内容が伴わない場合、ガッカリに反転しやすいことも事実。(そういう実験結果についても触れられています、よくあることですよね) 本書を「期待」しながら読めばいいのか、それとも「期待」せずに読めばいいのか、それすら答えが出せないのはなんとももどかしいところです。

とはいえ、サブタイトルにもあるように、悪い予感は自己成就してしまうことがあるので、ここは楽観的にいきましょう。『「期待」の科学』おもしろいよ!オススメ!

クリス・バーディック
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